名古屋地方裁判所 平成5年(行ウ)27号 判決
原告
宮崎邦彦(X)
被告
名古屋市教育委員会(Y)
右争訟事務受任者
名古屋市教育委員会教育長
剱持一郎
右訴訟代理人弁護士
鈴木匡
同
大場民男
右両名訴訟復代理人弁護士
鈴木雅雄
同
深井靖博
同
堀口久
事実及び理由
第三 争点に対する判断
一 被告は、本件転任処分は原告に法律上の不利益を課するものではなく、地公法四九条の二第一項、四九条一項の「不利益な処分」に該当しないから、本件訴えは不適法として却下されるべきであると主張するので、まずこの点について検討する。
1 まず、公立学校教員の転任に関する法制についてみるに、被告は、地方教育行政の組織及び運営に関する法律(以下「地教行法」という。)二三条三号により名古屋市公立学校教員である原告の任免その他の人事に関する権限を有しているところ、同法三五条、地公法一七条一項によれば、任命権者は「採用、昇任、降任又は転任のいずれか一の方法により」職員に対し一方的に任命権を行使することができるものと定められているだけであり、教育公務員特例法五条一項の適用のある大学職員等の場合と異なり、地公法は転任について職員の同意を必要とするなどの格別の処分要件を規定していないし、また、転任に関する不服申立手段も特別には設けていない。したがって、地公法は、転任処分それ自体を職員に不利益を課する処分とは考えていないことが窺える。
他方、地公法四九条の二第二項によれば、同法四九条一項にいう「懲戒その他その意に反すると認める不利益な処分」についてのみ不服申立を行うことができるものとされ、このような「不利益な処分」については、同法五〇条三項によりその救済として当該処分の取消を求めることができると規定している。
以上によれば、地公法は、転任処分について、それが「不利益」を伴うものでなければ、職員に対し当該転任処分の取消を求める権利を認めない趣旨であると解するのが相当である。したがって、転任処分は、不利益な処分と認められる場合に初めてその取消を求める訴えの利益があるものというべきである。
そして、地公法は、前述のように転任処分それ自体は、たとえ本人の意思に反するものであっても不利益な処分とはみていないのであるから、身分、俸給等に異動を生ぜしめるものでなく、客観的また実際的見地からみて勤務場所、勤務内容等において、通常、転任に伴って生ずることがあるべき不利益を超える程度の不利益を伴うものでないような転任については、他に特段の事情が認められない限り、転任処分の取消を求める法律上の利益を肯認することはできないというべきである(最高裁昭和六一年一〇月二三日第一小法廷判決参照)。
2 そこで、次に本件転任処分の不利益性について検討するに、本件転任処分によって原告の名古屋市公立学校教員としての身分、俸給等に異動が生じたとの主張はないので、まず原告の勤務場所、勤務内容等に実際的見地からみた不利益があるかどうかについて考察を加えることとする。
(一) 〔証拠略〕を総合すれば、笈瀬中学校は名古屋市中村区佐古前町に、志賀中学校は名古屋市北区中丸町に所在するいずれも名古屋市内の市立中学校であり、原告は、笈瀬中学校においても志賀中学校においても数学を担当し、本件転任処分の前後を通じその職務内容には変更がないこと、勤務時間については、笈瀬中学校の場合、自宅と同一区内ということもあり自転車で約一〇分の距離であったが、志賀中学校の場合は、それに比べて約三倍の時間がかかるため、原告は、志賀中学校へは普段はバスで通勤し、帰宅時に用事が予想される場合には自家用車で通勤していること、校舎の建物が笈瀬中学校の場合には三階なのに対し、志賀中学校の場合には四階まであり、より体力を消耗することが認められる。
しかし、以上の事実からは本件転任処分によって原告の勤務場所、勤務内容等に実際的見地からみた不利益があるということはできない。
確かに、通勤時間が本件転任処分前に比べて約三倍かかるようになったこと、校舎の階数が一階増えたことにより原告の肉体的負担が増加したことは事実であるが、笈瀬中学校時代の勤務環境が原告にとって恵まれ過ぎていたともいえるのであって、この程度のことは公務員としての受忍限度の範囲内というべきであって、これをもって不利益なものということはできない。
(二) 原告は、笈瀬中学校の職員室内の禁煙を求めるため、名古屋市人事委員会に申し立てた喫煙室の設置を求める措置要求に対する判定の取消訴訟を提起したが、本件転任処分により訴えの利益を欠くに至ったとの理由で右訴えを却下されたことから、本件転任処分により、憲法三二条の定める裁判を受ける権利を奪われたと主張する。
しかし、措置要求制度の目的は各措置要求者の具体的勤務条件の改善を図ることにある一方、転任は円滑な行政の遂行の見地からなされる人事上の処分であって、措置要求制度とは基本的にその存立目的を異にするものである。
したがって、転任の結果、措置要求によって転任前の勤務条件の改善を要求することができなくなったからといって、これにより何ら要求者の権利を侵害することにはならない筋合いであるから、措置要求に対する判定の取消請求が却下されたことをもって不利益とする原告の主張は採用することができない。
(三) また、原告は、本件転任処分によって原告の受けた不利益として、笈瀬中学校における原告の様々な教育活動が中断または停止を余儀なくされたこと、笈瀬中学校において原告が築き上げた生徒との人間関係が喪失したこと、転任先中学校における勤務条件が本件転任処分前よりも低下し、新たな活動の負担を強いられたことを挙げている。
しかし、原告の挙示する事実はいずれも原告の主観的な事実上の不利益というべきものであって、原則として本件転任処分による法的効果ということはできない。
また、笈瀬中学校において原告が行ってきた様々な教育活動は同中学校でなければできないものではなく、それが志賀中学校においては不可能になったことを認めるに足りる証拠はないし、同一の中学校であっても、新入生の入学とともに生徒との間に新たな人間関係を築き上げることは必要となるのであって、生徒との人間関係を常に更新してゆく必要が生ずるのは教師という職業の宿命ともいうべきものであり、転任の場合のみに特有の不利益とはいえないうえ、転任に伴う勤務場所の変更に伴って、その勤務場所の施設や職員構成等が異なり、これにより必然的に実際上の勤務条件の詳細に違いが出るであろうことは当然に予想されるところであって、それにもかかわらず、前記のとおり、地公法が転任処分それ自体を職員に不利益を課する処分とは考えていないことに照らすと、転任先中学校における勤務条件の低下として原告が挙示する事実は、いずれも転任処分の取消を求める法律上の利益を基礎づける不利益にはあたらないというべきである。
3 そうすると、本件転任処分は、原告の名古屋市公立学校教員としての身分、俸給等に異動を生ぜしめるものでないのみならず、原告の勤務場所、勤務内容等に客観的また実際的見地からみた不利益が伴っている事実も認め難く、他に特段の事情の存在を認めるに足りる証拠もないから、原告に本件転任処分の取消を求める法律上の利益を肯認することはできないというべきである。
二 以上のとおりであるから、原告は本件転任処分の取消を求める法律上の利益を有せず、本件訴えはその利益を欠くというべきであるから、その余の点について判断するまでもなく不適法なものとしてこれを却下することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 福田晧一 裁判官 潮見直之 安藤祥一郎)